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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)6135号 判決

原告 佐藤重太郎 外一名

被告 国 大坪憲三 外三名

主文

被告は原告佐藤重太郎に対し金二〇万円及びこれに対する昭和三〇年八月二七日以降完済までの年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告エトナ、ジヤパン株式会社の請求を棄却する。

訴訟費用中原告佐藤重太郎と被告との間に生じた分は被告の、その他の分は原告エトナ、ジヤパン株式会社の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告各自に対し金二〇万円宛及びこれに対する昭和三〇年八月二七日以降完済までの年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として

原告佐藤重太郎は昭和二七年三月中訴外本庄キサから東京都中野区鷺の宮一丁目一〇八番地の三所在、家屋番号同町甲三九六番、木造瓦葺二階建住家一棟建坪一六坪二合五勺二階一〇坪の売却申込を受け、東京法務局中野出張所において登記簿を調査した結果何等の障害となるべき事項がないので、同年同月二五日右本庄キサから右建物をその敷地とともに代金合計金四一万五〇〇〇円で買受け、同日手附金として金一〇万円、同年四月一〇日残金全部を各支払い、同月中金二四万七六五〇円の費用を投じて右建物に改造及び大修繕を加えた後原告エトナ、ジヤパン株式会社に売渡し、同年五月二二日右キサから原告会社に直接所有権移転登記手続をした。

然るに昭和二八年六月に至り訴外木村徹太郎から原告会社外一名を相手方として右建物を目的とする仮処分がなされ次いで、原告会社本庄キサ間の前記売買無効確認、所有権移転登記抹消請求の訴が提起されたので、原告等は事の意外に驚き真相を調査したところ、右木村徹太郎はすでに昭和二四年九月中本庄キサを被告として、前記建物に対する本庄キサと木村徹太郎の先代木村そよ間の売買無効確認、売買登記抹消請求等の訴を提起し、昭和二八年五月一三日木村勝訴の判決を得、この判決はすでに確定していること及び右訴が提起せられるや東京地方裁判所は不動産登記法第三条及び第三四条により予告登記の嘱託書を作成しながらこれを発送しなかつたため、右建物の登記簿に右訴ありたることの予告登記がなされなかつたことが判明した。従つて原告会社は右木村徹太郎に対して主張し得べき権利がないことを知つたので、右訴訟事件を調停に附すべきことを申立てその調停手続に原告佐藤も利害関係人として参加して接衝の結果、原告等は各自金二〇万円宛を出捐し合計金四〇万円を木村に支払い、辛うじて右建物の所有権を確保することができた。そもそも不動産登記法第三条、第三四条は善意の第三者を保護するための規定であつて、前記の訴を受理した東京地方裁判所の職員は職権をもつて遅滞なく予告登記の嘱託書に訴状の謄本又は抄本を添付してこれを所轄登記所に嘱託すべき職務があるに拘わらず、過失により右嘱託書の発送を怠つたためその予告登記がなされなかつたのであり、この職務懈怠がなかつたならば原告佐藤は登記簿の調査により右訴が提起されたことを知り本庄キサから前記建物を買受けるようなことはしなかつたものである。しかるに右予告登記がなかつたため原告等は本庄キサから前記建物を買受けその後に至り合計金四〇万円の不測の損害を蒙るに至つたものである。

よつて原告等は国家賠償法第一条により被告に対し、各自金二〇万円宛の損害賠償及び本件訴状送達の翌日である昭和三〇年八月二七日以降右金額の完済までの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の主張に対し

(一)  本訴は受訴裁判所たる東京地方裁判所の職員が前記法条に基く職務を懈怠したことを理由とする損害賠償の請求であつて、売主たる本庄キサの担保責任の有無とは何等関係がないのみならず、同人は現在無資力でその日の生活にも困つている状態である。

(二)  又原告佐藤は売買代金及び改造修理費として合計金六六万二六五〇円を支出したのであるが、もし木村徹太郎との間に調停が成立しなければ、右訴訟において原告会社は敗訴を免れず前記金額全部の損失を蒙るべき運命にあり、従つて被告は原告佐藤に対し右金額の損害を賠償すべき義務があつたのである。右調停においては担当裁判官及び訴訟関係人は原告の損害を最少限度に留むべく努力した結果前記条件をもつて調停の成立をみたものであつて、これによつて被告の賠償すべき損害額はむしろ減少したのである。しかして、因果関係の有無はある作為、不作為が具体的に一定の結果を生ずる原因をなした場合において一般的観察においてかかる行為があれば一般に同様の結果を生ずべしと認めるや否やにより決すべく、両者の関係が直接なりや否や又は他の事実の介入ありや否やによつて左右されるものではないから、前記裁判所職員の過失と本件金金四〇万円の損害との間に法律上因果関係なしとする見解は失当である。

と答え

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄卸する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の事実に対し、

原告佐藤がその主張の日時訴外本庄キサから本件建物の売却申込を受け、その主張のような調査をした上、昭和二七年三月二五日その主張のような条件でこれを買受け、代金を支払い、その主張のとおり改修を加えて原告会社に売却したことは不知。原告主張の予告登記嘱託書が発送されなかつたことを争う。右予告登記がなされていたならば原告佐藤が本件建物を買受けなかつたであろうことは不知。その他の事実はすべて認める。然しながら

(一)、原告主張のような場合には、原告等はまず本庄キサに対して売主としての担保責任を追求すべきであり、その手続をふまないで直接被告に損害の賠償を請求できるものではない。しかして本庄キサが無資力であることは争う。

(二)、原告主張の予告登記がなされなかつた原因が裁判所の事務上の手違いにあるかあるいは郵便局又は法務局のそれにあるかは詳かでないが、いずれにせよ被告の過失に基くものであつてそれによる損害があれば、これが賠償の責あることを認めるにやぶさかではない。しかしながら、原告主張の金四〇万円の損害と被告の過失との間には法律上の因果関係がない。すなわち原告主張の事実があつて原告等が本件建物の所有権を取得していないことを知つた以上速かにこれを所有者に返還し売主に対しその責任を追求するのが通常予想される結果というべく、本件のように所有者からあらためて本件建物を譲受けることはもとより原告等の自由ではあるが、これは原告等の個人的事情から出た別個の新たな行為であり、本件過失によつて生じた結果とはいえないから、新たな譲受行為に要した費用と本件過失との間に法律上相当の因果関係を欠く。故に原告等が当初から取得できない運命にあつた本件建物の所有権を取得するに要した費用をそのまま損害として被告に請求すべき筋合のものではない。

と答えた。

立証〈省略〉

理由

証人本庄キサ、本庄秀民の各証言及び原告佐藤重太郎の本人訊問の結果(第一、二回)並びにこれにより真正に成立したと認められる甲第二号証の一、二を綜合すると、原告佐藤は昭和二七年三月二五日頃不動産仲介業者を通じ訴外本庄キサから本件建物をその敷地とともに代金四一万五〇〇〇円で買受け、代金の支払を了した後同年五月原告会社にこれを代金七〇万円前後で売却したことが認められ同月二二日本庄キサから直接原告会社に所有権移転登記がなされたことは被告の認めるところである。

ところが、これよりさき昭和二四年頃訴外木村徹太郎は右本庄キサを被告として、木村の先代そよからキサに対する本件建物の売買契約が無効であることを理由とする売買無効確認、登記抹消請求の訴を東京地方裁判所に提起し、原告佐藤の買受当時その訴訟係属中であつたこと、右訴訟につき受訴裁判所が職権をもつてなすべき予告登記の嘱託書が作成されたが何等かの理由で予告登記がなされなかつたこと、昭和二八年五月一三日右訴訟において木村勝訴の判決があり、その判決確定後同年六月に至つて木村から原告会社外一名に対し本件建物に関する仮処分がなされ次いで売買無効確認登記抹消請求の訴が提起されその事件が調停に附された後原告佐藤も利害関係人としてこれに参加し接衝の末、原告両名が各自金二〇万円宛を木村に支払つて本件建物が原告会社の所有に属することを認めてもらつたことは当事者間に争がない。証人近藤与一の証言によれば、右予告登記の嘱託書の控えに書留郵便物受領証が添付されていたというから、右嘱託書が発送されその後何等かの事故が発生したものと思われるが、いずれにせよ、予告登記嘱託書の作成発送からその登記がなされるまでの被告国の事務に従事する職員のいずれかの過失によつて右予告登記がなされなかつたものであることは疑のないところである。従つてこのため原告等に何等かの損害が生じたとすれば被告がその賠償をなすべき義務があることはいうまでもない。

よつて損害の有無につき按ずるに、証人本庄キサ、本庄秀民の各証言及び原告佐藤の本人訊問の結果(第一、二回)によれば売主本庄キサは本件売買契約当時本件建物を買受けるだけの資力がなく、かつ前記のように木村から訴を起されていたこと等の事情からみて、同人は到底本件建物の所有権を取得してこれを原告佐藤に移転することができない状態にあつたことが認められるから、原告佐藤は前記売買代金のうち本件建物の代金に相当する金額の損害を蒙るべかりし事情の下におかれていたということができる。もつとも原告佐藤の本人訊問の結果によれば、本件売買契約当時調査した登記簿に前記予告登記がなされていなかつたため木村の訴があること及び本件建物が当時木村の所有に属することも知らなかつたことが認められ、従つて原告佐藤は売主本庄キサに対して損害の賠償を請求することができたはずであるが右は被告の本件過失による損害賠償義務とは別個の関係であつてただいずれか一方が履行されれば原告に対する関係においては他方もまた消滅するというにすぎない。まして本庄キサが無資力であること前認定のとおりである以士、同人に対する賠償請求権があるからといつて、被告の責任に事実上も何等の消長を来すものとはいえない。

次に原告は原告佐藤が本件建物に加えた改造修理の費用をも損害として主張しているが右は善意の占有者である原告佐藤が木村所有の建物につき支出した必要費又は有益費たるべき性質のものであつて、原告の過失により生じた損害に該当せず、被告の過失との間に相当因果関係がないものというべきである。しかして原告両名が調停の結果各自金二〇万円を木村に支払つたことは前記のとおりであるところ、被告は原告のこの主張を目して原告等が新たに本件建物を木村から譲受けるにつき要した費用そのものを被告の過失により生じた損害として賠償請求をしているかのように解しているが、原告等の本訴における主張を全体として通覧すれば、原告等の主張はかかるものではなく、改造修理の費用を含め原告等に生じた損害を右金四〇万円の限度に止めることができたから、右の限度において残存する損害の賠償を求めるというにあることは明瞭である。しかも右調停の成立により原告佐藤が蒙つた損害が何等補填されていないことは明白であり、調停が裁判上の和解と同一の性質を有することは考え合せれば、右調停の成立により被告の責任が消滅し又は軽減されたものでないことはいうまでもない。なお原告佐藤が本件建物を木村に返還し本庄に対して売主として責任を追求することができたことは被告の主張するとおりであるが、原告佐藤がこの方法をとらなければならない理由もなく、まして本庄が無資力であつて、たとえこの方法をとつたとしてもその実効を奏しなかつたであろうことは明らかである以上、原告佐藤がこの挙に出なかつたことを非難すべき理由は少しもない。

よつて進んで原告佐藤の損害の額につき考えるに、本件売買代金四一万五〇〇〇円が本件建物とその敷地の代金額であることは前認定のとおりであり、原告佐藤の本人訊問の結果によれば、本件売買契約においては建物と敷地とにつき各別に代金額を定めたものでないことが認められるから、右代金中建物の代金に相当する分は、両者の当時の価格に比例してこれを定める外はない。しかして鑑定人平沼薫治の鑑定の結果に証人下城寅二郎の証言及びこれにより成立を認め得る甲第六号証を併せ考えると、本件建物と敷地の当時の価格の比率は前者につき六割八分六厘乃至七割三分五厘、後者につき三割一分四厘乃至二割六分五厘であることが知られるから、本件売買代金中本件建物の占める部分は金二八万四六九〇円乃至三〇万五〇二五円となるものというべく、原告佐藤の本訴請求金額はいずれにせよその範囲内に属するから、その請求は全部理由あるものということができない。

次に原告会社の主張する損害につき按ずるに、前記予告登記がなされなかつた結果原告佐藤も原告会社もともに本庄キサが本件建物の正当の所有者であり従つて原告佐藤が適法に所有権を取得してこれを原告会社に移転し得るものと信じて、両名間に売買契約をなし代金を支払つたところ、真の所有者であつた木村徹太郎が自己の所有権を主張して返還を請求するに至つたため、原告佐藤が本件建物を取得してこれを原告会社に移転できないときは、原告会社は代金相当の損害を蒙るべかりし関係にあつたものであり、その損害は被告の前記過失と相当因果関係があるものということができる。然しながら、原告会社は前記調停の結果本件建物の所有権を取得あるいは確保し得たのであるから前述の意味における損害はこれを免れることができたものである。ただ所有権の確保につき新たに金二〇万円を支出した不利益があることは否定し難いところであるが、これを支出するに至つた理由が、原告会社において建物の価額又は将来の昂騰等を考慮し原告佐藤との契約を解除して損害賠噴を請求するよりも有利であると考えて売買代金の追加を承諾したものであるか、又は原告佐藤が原告会社との契約上の義務を履行するため木村から本件建物の所有権を取得するにつき原告佐藤に協力して代金の一部を立替えたものか、その他如何なる理由によるかは全く判明しない。従つて右の新たな出捐と被告の本件過失との間に相当因果関係があるか否かを判断することができないものというべく、被告の主張はこの点につき正当であつて原告会社の請求は理由がないといわざるを得ない。

以上判断したとおり、被告に対し損害賠償として金二〇万円及び本件訴状送達の翌日である昭和三〇年八月二七日以降完済まで右金額に対する年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告佐藤の請求は正当としてこれを容認すべきであるが、原告会社の請求は失当であつてこれを認容するに由なきものであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾)

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